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  • wassho
  • 2021年3月24日

elcxeno

 

正装で大きな姿見の前に立つ友は、いつもより凛々しく見える。シンプルなシルエットだが布地には細やかな刺繍が施されていて、しかしそれは外套によってほとんど隠れてしまうのだから、贅以外の何物でも無い。

「可笑しくないだろうか」 自嘲すら含んだ顔で振り返るその姿は、陽の光を受けてとても綺麗だった。いつだって彼は綺麗だ。けれどありのままそう伝えれば妙な空気になる気がしていて、

「お前だけの為に誂えた物だろ?可笑しい事なんてあるものか」

大抵は口を噤むかこんな風に当たり障りのない言葉を紡いでしまう。人の心が望む物を、望まれるままに与える事は、難しい。

そんなエルクの胸中を他所に、友は言われても尚、袖口や胸元のレースの乱れを気にしている。彼を飾る装飾品が、触れ合う度に音を立てて笑った。微かな旋律はまるで祝福のようで、この良き日、この新たな朝に相応しいとエルクは思った。

椅子の背に掛けられた天鵞絨のガウンを手に取ると、隣に並び立つ。 落ち着いた深い紅はレグナントの色だ。それを纏って友人は王の顔になる。

「では、そろそろ参りましょう。陛下」 冗談めかしたエルクの言葉に、彼は苦笑しつつ姿勢を正してみせた。

  • wassho
  • 2020年11月5日

elcxeno

 

誰にも言わないでくれ、普段よりも甘さを含んだ声で友人は言う。その顔がほんの僅か、仄かに赤みを帯びている。

エルクはまずったな…と手にしたグラスを見やった。なんて事はない葡萄酒だが、友人は然程アルコールに強くない。普段は度数の低い物が出される筈なのだが、どうやら給仕係が取り違えたらしい。本来彼に注がれるべき葡萄酒は、エルクのグラスの中で揺れている。

2人で囲むには少し大きい食卓。

磨かれた銀食器に映る友人の、困ったような心なし楽しげな顔。

給仕の者が叱られてしまうと声を潜めたそのさまは王と言うには「らしく」なくて、エルクは早々に談話室へエスコートしなければと思うのだった。‬

  • wassho
  • 2020年11月5日

elcxeno

 


「誕生日、おめでとう」


今日が死に、また新しい今日が産まれたその瞬間に、英雄は王へ祝いの言葉を贈った。昼間多くの臣下から、或いは貴賓から捧げられた筈の同じそれが、胸にじわりと広がるようで。ああ、自分は彼から紡がれた「おめでとう」が欲しかったのだと、夜風を感じながら思う。心の底から溢れる喜びは、自然とゼノの表情を解した。


「ありがとう、エルク」

礼を言うと彼はくしゃっと笑って、それがとても懐かしいようで。懐かしいと同時に切なさも覚える。

「君の誕生日も祝わせて欲しいよ」

かつては彼の誕生日を二人で祝った事もあったのだろう。しかしそれは今や、ぼんやりとした記憶の中で鈍く光るなにかでしか無かった。



星のクオリアを授かりし者は【指揮者】に成る。なった。人ではない何かに変質するのだ。

感情を司るその奇跡の結晶が影響したのか否か。星に刻まれていたエルクレストという少年の記録は、指揮者の誕生と共に変わってしまった。まるで、波打ち際に書いた文字がさらわれる様に。

星にとって都合の良い物だけが取り残された。例えば、王であるゼノとの友人であるという関係性。身に付けてきた教養。貝殻みたいに取り残されたそれらを拾い集めてみれば、皮肉な事にすべては頭上で笑う、かの月を討つための物であった。


全部を無くした訳ではないと、エルクは言う。両親や楽しかった思い出、忘れたのではなく、遠くに在ると感じるのだと。思い出そうとする、彼方に記憶は存在している。けれどぼやけて、はっきりとした出来事は思い出せないのだと。

そう言われてゼノも気付いてしまった。ぼんやりと遠く遠い、かつてのエルクレストとの大切だったであろう記憶。


(戦いが終わるその時に、この靄は晴れるのだろうか……)

波の向こうへ流された砂は、果たして元に戻るのか。

「マザーを倒したら、その時に祝ってくれ」

数年分まとめて、とエルクはまた笑った。手を取る彼の体温にゼノは改めて絶望する。英雄にぬくもりはいらないとでも言うのだろうか。それともこれも取り戻せる物の一つか?

「ゼノの手、温かいな」


いつか、同じことを言われた様な気がする。あたたかな手、年を重ねた喜び、過去は遠くに。輪郭を取り戻すため、ゼノは勝利を誓う。

産まれたての今日を月が嘲笑っていた。


 

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