elcxeno(●kyt.結魂パロ)
葬儀と言っても、出立の前に血を流し、これ以上身が損なわれる事のない様にという、謂わば願掛けに近い。本来なら神の御前である教会にて、本物の葬儀と同じような形式で執り行う物だ。
しかし、神など存在していなかった。今まで神と崇め奉ってきた存在こそが、人々の命を脅かす敵だったのだ。立ち向かう脅威へ願うなどと皮肉にも程があるなと、黒衣に身を包んだ——と言っても、普段着用している上着を黒い物に着替えただけだが——エルクレストは苦笑する。隣で口を引き結んでいたゼノは、黒いサーコートの上に羽織ったローブの隠しから、細身の短剣を一組取り出し言った。
「祈りを捧げる者は此処にはいない、いなかった」
施された細やかな意匠でその二本が対である事が分かる。ひとつはエルクレストに渡した。
「だから、私たちは互いに誓おう」
鞘から覗いた刀身が、傾きかけの陽を眩く反射して、思わず目を細めた。掌へ抜き身を僅か沈ませ、そのままゆっくりと引く。首筋に微かな震え、少し遅れて痛みと鮮血が滲み出した。
本来であればこの後、祭壇に設置された水盆へ血を捧げるのだが。
「俺は君に誓う」
静かだが力強い声に隣を見やると、エルクレストの手にも同じように赤が浮かんでいた。どちらともなく手を伸ばし重ね合わせる。ぬるりとした血液の感触が混ざり合う。握った傷の痛みと溶け合うような感覚。そう、これは神への刹那的な祈りではない。
「剣となって必ずマザーを討つ」
「ならば私は、盾として君の一助となる、何処までも共に」
手に込もった力が己の物なのかエルクレストの物なのかは分からない。傷口の仄かな熱も、伝わる鼓動も、まるでそこに存在するひとつの命に触れているみたいだった。
「共に——」
ふとエルクレストが教会の窓を見上げる。鐘塔の鐘が夕刻を告げていた。広く高く、レグナントを統べる音。
ゼノは茜空に気を取られている友人の手に、ハンカチーフを当ててもう一度手を握った。どうかこの誓いが壊れる事のないようにと祈りながら。
混じり合う事など無いのだと分かっていた。
ぱらぱらと固まった血の欠片が布地からこぼれ落ちた。あの時、ほんの数分前にエルクレスト自らの手で開かれた傷口にはもう、薄皮が再生し始めていた。ゼノの傷から出る血は、まだ点々と教会の床を汚していたのに。
心のどこかで気付いていたのだ。彼は別の生き物で、いつか自分を置いて行ってしまうんだと。きっとエルクレストの左手には傷など残されていないのだろう。
ゼノは僅かの間瞑目した。掌に残された約束を握りしめて。