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  • wassho
  • 2022年11月17日

elcxeno

 聖夜と呼ぶには血生臭い数日間だった。

辺境に現れた天使の群れとそれに乗じて奇襲を掛けてきた輩の討伐……帰還した時にはクリスマスなどとっくに過ぎ去り、人々は新しい年を迎える為の準備に追われるその手を止めて王と英雄の帰りを迎えてくれた。

 湯浴みで旅の汚れを落としたエルクレストとゼノは、迫る新年の気配を遠く喧騒に感じながら、今はゼノの私室で寛いでいる。

「随分と甘いな、これ」

 温かい紅茶に添えられた菓子を口にして、エルクが呻いた。

 木の実や干しブドウがぎっしりと詰まったパンを分厚く砂糖でコーティングした物、それを薄くスライスして食べるのだと、某博士にゼノは教わった。

「シュトレン、というらしい」

 摘み上げた一切れが脆く、半分ほど皿に落下していくのを切なく見送ってゼノは続ける。

「クリスマスに向けて少しずつ食べていくそうだ」

「とっくに過ぎているじゃないか……」

「そう、つまるところ日持ちの為の甘さなのだな」

 人を唸らせるほどの甘味は紅茶の渋味とよく合う。そして、それらが疲れた身体によく効くと、ゼノもエルクも体験済みだった。

 遠征が終わる度にこうして穏やかな時間を共にする。ささやかだが、いつしか恒例となり、二人の楽しみになっていた。


「……そろそろか」

 先程より賑やかさが増した外の様子に、いよいよ新年の訪れを想う。窓の向こうを覗くゼノは、民を案ずる王の顔をしていた。

「行かなくていいのか?」

 エルクは訊ねた。新たな一年の始まりに、王として相応しい場所があるんじゃないかとふと疑問に思ったのだ。眼差し遠く彼は答える。

「私は遠慮するよ」

 その声からは氷の中に取り残された落ち葉みたいに、温もりが失われてしまっていた。

 ほんの一瞬の憂いに気付きはしても、心に絡みついた鎖までは目視することは出来ない。どんな言葉を紡いでも五線譜に届かない。予感だけが先行してがんじがらめになる。ただこうして、わずかな時間と感覚をどちらともなく確かめるように共有するだけ。

 

「来年も、君が隣にいてくれると嬉しい」

 そんなことを思っていたんだ、と申し訳なさそうに笑ってこちらを振り仰いだ時、ゼノはすっかりいつもの様子だった。口の中に解け残る砂糖は冷たく重く、エルクの心臓を悪戯に軋ませた。新年を告げる鐘の音が、二人の耳にそっと届く。




 
  • wassho
  • 2021年3月24日

elcxeno


糸が切れたように倒れ込むのを、見ていることしか出来なかった。それがとても心苦しくて、エルクはすぐさま、部屋の真ん中のソファに駆け寄った。

静かな吐息もあまりに密やかで不安になる。肩が僅かに上下している事に安堵すると、改めて部屋の主を見つめた。

天窓から落ちる月明かりに照らし出された顔、その所々に、血が固まって間もない小さな傷が付いている。鎧を脱いでも鉄の気配が消えないのは、彼が前線まで出ざるを得なかった状況を表していた。あんな化け物でも、血の匂いは人と変わらない。


王宮の端にある寝所は静かだ。王の居室としては些か地味とも思える空間。部屋自体の広さは客間とそう大差なく、天井だけは他よりも高く作られている。

「ゼノ」

エルクは試しに呼び掛けてみる。聞こえたのかそうでないのか、口の中で何か呟くと僅かに身動いだ。薄らと瞼を持ち上げた彼は、此方を見遣ると微かに表情を歪めた。

「また何人も、死なせてしまった」

掠れた声がエルクの胸に刺さる。目を覆う腕にも手当ての跡はあって、上手く言葉が出てこない。


(お前は十分、こんなにも傷付いているじゃないか)


上衣を脱いで微睡む友に掛けてやる。やがて、静かな寝息が風車の駆動音に混じり、夜の淵へ消えていくのだった。



 
  • wassho
  • 2021年3月24日

現パロ甥叔父アルクラ フォロワーさんとの推しカプすごろく中に盛り上がって頂戴したネタ。

現代に転生して先に記憶が戻ったクラウス叔父さんと遅れて記憶を取り戻した甥っ子アルトの話。


「いつからですか——」

隊長、と続けそうになって止め、叔父さん、と言うのも淀んでしまう様子をクラウスは楽しく見ていた。まだ上手く状況が飲み込めていないのだろう。5分程前まで可愛い甥のつもりでいた彼は可哀想に、目の前に置かれた好物の特製グラタンスープにさえ、手を付けられないでいる。

漸く整い始めた2人の生活空間が、一気に贋物に成り果ててしまった。可哀想にと、クラウスは心の中で何度も憐れんだ。憐れむと同時に面白おかしくもあった。

頭の中にある遠い記憶。それによれば彼等は上司と部下、そして敵同士だ。塔の頂での出来事を、非日常を今でも思い出せる。街の焼けるその匂いまで。

いつから?初めからに決まっている。君が親に連れられ、甥として私の隣に座り、勉強を教えてほしいと頼んできたあの日から——

そう突き付けてやっても良かった。良かったのだが、

(お前は、エルクレストではないのか)

僅かに対峙する間、彼がただの【アルト】でしか無い事が、何故か分かってしまった。彼の中に心から憎んだかつての親友は、一ミリも存在しない。

舌打ちしかけて啜った珈琲のぬるさと苦味が、急速に感情を削いでいく。

赤子の様に駄々を捏ねても、記憶は過去の物で仕方のない事なのだ。

だからクラウスは、やり方を変えることにした。

「混乱するのも無理はないね」

あくまで叔父である事は捨てずに、優しい声で、

「安心すると良い、此処にはもう戦う理由……天使も、神もいないんだ」

いつかと同じ調子で、そうすればこの子供は絆される。

「私も君も、叔父と甥である事に変わりはない」

インターホンが鳴る。注文していたカウチが届いたのだろう。

「早く食べてしまいなさい、アルト」

午後は模様替えを手伝って貰うよと告げて、席を立つ。

住人が一人増えただけでも、何かと物入りだ。



 

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