elcxeno
聖夜と呼ぶには血生臭い数日間だった。
辺境に現れた天使の群れとそれに乗じて奇襲を掛けてきた輩の討伐……帰還した時にはクリスマスなどとっくに過ぎ去り、人々は新しい年を迎える為の準備に追われるその手を止めて王と英雄の帰りを迎えてくれた。
湯浴みで旅の汚れを落としたエルクレストとゼノは、迫る新年の気配を遠く喧騒に感じながら、今はゼノの私室で寛いでいる。
「随分と甘いな、これ」
温かい紅茶に添えられた菓子を口にして、エルクが呻いた。
木の実や干しブドウがぎっしりと詰まったパンを分厚く砂糖でコーティングした物、それを薄くスライスして食べるのだと、某博士にゼノは教わった。
「シュトレン、というらしい」
摘み上げた一切れが脆く、半分ほど皿に落下していくのを切なく見送ってゼノは続ける。
「クリスマスに向けて少しずつ食べていくそうだ」
「とっくに過ぎているじゃないか……」
「そう、つまるところ日持ちの為の甘さなのだな」
人を唸らせるほどの甘味は紅茶の渋味とよく合う。そして、それらが疲れた身体によく効くと、ゼノもエルクも体験済みだった。
遠征が終わる度にこうして穏やかな時間を共にする。ささやかだが、いつしか恒例となり、二人の楽しみになっていた。
「……そろそろか」
先程より賑やかさが増した外の様子に、いよいよ新年の訪れを想う。窓の向こうを覗くゼノは、民を案ずる王の顔をしていた。
「行かなくていいのか?」
エルクは訊ねた。新たな一年の始まりに、王として相応しい場所があるんじゃないかとふと疑問に思ったのだ。眼差し遠く彼は答える。
「私は遠慮するよ」
その声からは氷の中に取り残された落ち葉みたいに、温もりが失われてしまっていた。
ほんの一瞬の憂いに気付きはしても、心に絡みついた鎖までは目視することは出来ない。どんな言葉を紡いでも五線譜に届かない。予感だけが先行してがんじがらめになる。ただこうして、わずかな時間と感覚をどちらともなく確かめるように共有するだけ。
「来年も、君が隣にいてくれると嬉しい」
そんなことを思っていたんだ、と申し訳なさそうに笑ってこちらを振り仰いだ時、ゼノはすっかりいつもの様子だった。口の中に解け残る砂糖は冷たく重く、エルクの心臓を悪戯に軋ませた。新年を告げる鐘の音が、二人の耳にそっと届く。
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