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wassho

とおき月にくゆる


 

 離宮の中庭に二人、酷く暗い面持ちの男と、しゃがみ込み泣きじゃくる女がいる。彼等の前では焚火が激しく燃え、火の粉を散らしながら【それ】を灰へと変えている所であった。

「君もね、そろそろ泣き止むといい。涙を流したってどうとなる物でも無いのですよ」

 男は慰めとは程遠い言葉を吐くと、また一つ【それ】を放り火にくべた。どさりと重たい音、そしてゆっくり炎に蝕まれていくのはまだ綴じられて日の浅い紙の束——本だった。決して分厚くは無いが、記された中身が如何に高潔な物であるか男も女も能く理解していた。


「けれどあんまりです」

 顔を覆った女の手は真新しく赤く爛れていた。男がふと目を離した瞬間、火の中から本を救い出そうとしたのである。慌てて止めるも、取り出したその燃える塊を頑なに離そうとはしなかった。痛々しい指の隙間から涙を零して女は続けた。

「公的な記録どころか、日記や手紙まで……」

 命令なのだから仕方がない。帰らぬ人となった主がそうしろと言ったらしいのだから。男は暖炉用の火搔き棒で燃え残りそうな本の表紙を掻き出した。皮と金属の装飾は先に外しておくべきだった。そんな事にも頭が回らないとは、自分も多少なり平静ではないのだろう。


「あのお方がこの国を作られたのに」

 明日からこの離宮には一人で来ようと男は決めた。部下に暇を与える理由は、手の火傷で十分の筈だ。

 極東では死者を燃やし弔うのだそうだ。焼けてなくなる書物を見守っていると、それらがまるで主の亡骸のような気さえしてくる。燃え残る装丁はさしずめ骨だろうかとそこまで考えて悲しみのようなものが遅れてやってきたのを感じる。

夕暮れの空に煙が立ち上る。その先には主の眠る月がある。やがて忘れ去られる貴き人を想いながら、砕けて欠けた墓標を目に焼き付けた。




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